大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和26年(あ)2169号 判決 1953年4月07日

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人等はいずれも無罪。

理由

被告人両名の弁護人武藤将之助の上告趣意について。

原判決は、本件の事実関係を、つぎのようなものであると判断している。すなわち、「被告人小林佼は主要食糧集荷指定業者である熊本県球磨郡岡原村農業協同組合の販売主任、被告人北川忠は同組合の倉庫係として、それぞれ、同組合が保管している生産者供出に係る政府所有米を指定倉庫に入れたり、出したりする等の業務に従事している者であるが、同組合においては昭和二十二年度において、その保管米中七十六俵が紛失したため、係員の引責辞職した事件があり、その後注意を怠らなかったのに拘らず、再び在庫米の紛失していることを発見したので、被告人等はこれを糊塗し既存の正当な米俵として、政府の出庫の指令があるときは自ら庫出しする目的で新米俵十五俵、及び二十四俵を作出し被告人等にその責任の及ばないようにしようと企て共謀の上、情を知らない林田九十九及び吉村満雄の両名に依頼して、昭和二十三年十二月頃、右農業協同組合の倉庫において、同倉庫保管中の政府所有米約七百五十俵中の各俵から、五合乃至一升合計八百瓩を抜き取らせて六十瓩入十五俵の新俵を作出し、又昭和二十四年三月上旬頃前同様同倉庫において、同倉庫保管中の政府所有米約千二百俵中の各俵から五合乃至一升合計千四百四十瓩を抜き取らせて六十瓩入二十四俵の新俵を作出し、その頃政府の庫出しの指令により、これを既存の正当の米俵として庫出しし」たというのが、本件の事実関係であって、このような事実関係そのものは、第一審の取り調べた各証拠に照して明らかであり、これについては、なにも争はないのである。もっとも、右のうちで原判決は、「政府の出庫の指令があるときは自ら庫出しする目的で」とか、「政府の庫出しの指令により、これを……庫出しし」とかいう表現を用いているけれども、被告人等は、倉庫内の米について出庫指令があった場合、その職務上当然、出庫の事務にたずさわるだけであって、被告人等が何等かの特別の取扱によって、作出した新俵を出庫し、又は出庫しようとしたのでもなければ、被告人等の名義乃至計算において、これを出庫し、又は出庫しようとしたのでもないことは、第一審の取り調べた証拠上明白であって、まったく争はないのであるから、前記の表現が、なにか特別の意味をもつものとすることはできないのである。

以上の事実関係を前提として、原判決は、「被告人等は判示組合の所持する政府所有米の紛失した俵数を糊塗し既存の正当の米俵として、これを自ら庫出しする目的を以て、新米俵を作出させるため、判示の者等に、依頼して、判示倉庫在中の判示数量の政府所有米中の各俵から判示数量の米を抜き取らせたのであるから、……被告人等はとりもなおさず不法領得の意思を以て政府所有米を保管する判示組合の所持を侵害したものといわなければならない。」とし、窃盗罪の成立を肯定しているのである。論旨は、これに対し、大正四年(れ)五五九号同年五月二一日大審院判決(刑録二一輯六六三頁)を援用して、判例違反を主張するものと考えられる。しかし、右大審院判例の場合は、小学校教員が、校長にふくむところがあって、その責任問題を起そうと思い、校長の管理する勅語奉置所から、教育勅語謄本等を取り出して、自分の受持教室の天井裏に隠匿したという事件であって、これについて、「単タ物ヲ毀壊又ハ隠匿スル意思ヲ以テ他人ノ支配内ニ存スル物ヲ奮取スル行為ハ領得ノ意思ニ出テサルヲ以テ窃盗罪ヲ構成セサル」ものであるという理由で、窃盗罪の成立を否定したのであるから、本件の事例にただちに適切とはいえない。従って原判決が右判例と相反する判断をしたものということはできないのである。

しかし、前記のような本件の事実関係に照して、つぎの理由から、本件については、窃盗罪の成立を肯定しがたい。

(一)被告人等の依頼を受けた林田、吉村の両名は、岡原村農業協同組合長の管理する同組合倉庫中の政府所有米の俵から、米をすこしずつ抜き取り、これを倉庫外には全然持ち出すことなく、その倉庫内で、その米によっておなじような米俵を作り、これを同じ場所に政府所有米としてただ積んでおいたに過ぎない。この事実に注目すると、抜き取られた米は、終始同組合長の事実上の支配の内部にとどまっていたのであって、被告人等はこれに対し、終始何等事実上の支配を取得しなかったものとみることが自然であるといわなければならない。従って本件では、窃盗罪を構成するために必要な、財物に対する事実上の支配の奮取が存しないことになる。

(二)被告人等は、もっぱら政府所有米の在庫俵数のつじつまを合せるために、前記のように米を抜き取って新俵を作らせ、俵数を増しただけであって、被告人等の意図は、終始何等それ以上には出ず、もとより、抜き取った米を自家の食用にあてるとか、他に売ったり与えたりするとかの意図があったわけではない。すなわち被告人等は、抜き取った米を終始政府所有米として扱い、これであらたに米俵を作って、政府所有米として同じ場所に積んでおくということ以上には、何の意図もなかったわけであるから、被告人等には、抜取った米を、実質的に自分のもののようにして、利用処分する意思はすこしもなかったものといわなければならない。従って被告人等に抜き取った米を領得する意思があったということはできないから、本件では、窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思をも欠くわけである。

それゆえ、被告人等の本件行為は、もとより不当であり、これに関連して別罪の成立することがありうるのは別としてそれが窃盗罪を構成するものとはいうことができないのである。

従って、本件につき窃盗罪の成立を肯定して、第一審判決を支持した原判決の判断は違法であり、原判決(及び第一審判決)を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって刑訴四一一条一号、四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条を適用し、裁判官全員一致の意見によって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 本村善太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例